2009年12月10日

窯場での出会い!(2)

 先週の日曜日、
窯場で知り合った
おばちゃんと、
一時間以上も、
話し込んでしまった。

そのおばちゃんの話の中で、

「世の中、便利になりすぎ!
なんでもスイッチ一つで
出来てしまう」


というようなことを
話されていた。

自分の周りを見渡せば、
電気製品、車、携帯など
一昔前に比べ、身のまわりの
多くの事を、人間に代わって
こなしてくれる。

大変ありがたいことである。

そのありがたさを
だんだんと忘れているの
ではなかろうか?

たとえば、50年前、
たしか石原慎太郎が
芥川賞を取ったとき、
その賞金で洗濯機を
買ったらしい。

なぜかというと、
母がいつも冷たい水で、
手洗いで洗濯をやって
いるのを見て、
なんとか
「洗濯から解放してやりたいexclamation
と思ったらしい。

ほんの数十年ほど前までは、
冷たい冬の日でも、
洗濯は手洗いであった。

しかし、今なんかは
洗濯物を入れて、
スイッチ一つで、
乾燥までやってくれる
モノまで出てきている。

そのおばちゃんは、
「それで本当に良いのかふらふら
もしくは、
簡単に出来過ぎてしまって
味気ないふらふら
というようなことを、
おっしゃっておられた。

11月のある日曜日に、
名古屋の栄で、午後から
用事があった。

朝早く起きて、
車を使わずにどこまで、
歩いていけるか、
やってみた。

私はけっこう歩くのが好きで、
豊田の街あたりなら、
平気で歩いてしまう。

途中、喫茶店に寄ったり、
公園や川など、興味本位で
歩いたため、
昼ぐらいに、平針に着いた。

そこから、電車で栄まで
向かった。

歩いてみると、
いろんなモノが見えてくる。

明らかに、車で
通り過ぎるのと、
違う景色を見ることが
出来る。

クーラーをかけて、
窓を閉め切り、
ピューと通り
過ぎるだけでは、
見えるモノも見えない。

たとえば、
あれだけ開発が進んだ
赤池でも、路地に
入っていけば、
莇生の郷中辺りと
同じような風景を
見ることが出来た。

それに、風、空気、
空の色など、五感で
感じれることが
出来る。

カーステレオやクーラー
ガンガンの車内では、
感じられるはずがない。

我々の会の歩くことが
好きなTさん。

Tさんは、いろいろな
ところを歩いているみたいで、
この間も四国のお遍路さんを
やってこられた。

そのTさんが
歩いていると、
何でなのかわからないが、
良いアイディアが
浮かぶんだよな〜わーい(嬉しい顔)

と、言っていた。

私も同じそのように、
思ったことが何度も
ある。

それがなんでなのか、
わからないが、
もしかすると五感が
さえてくるのかも
しれない。

便利な車から離れて、
自分の足を使って、
「歩く」ということは
いろんなメリットが
あるように思う。

便利さ、快適さから
離れ、たまには
自分のことを自分の
体を使ってこなすこと
て、これからけっこう
大事なのかもしれない。


PS
月に一回、
「あざぶまちづくり研究会だより」
を、下記のアドレスにて投稿して
おります。そちらの方も
見てちょ〜ねわーい(嬉しい顔)
http://www.hm7.aitai.ne.jp/~azabu/gyouzisyasin1.htm




posted by hide at 18:51| Comment(0) | 窯場での出会い! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月09日

窯場での出会い!

 三日前の日曜日、
先週焼いた竹炭を
一人で炉から出していた。

変換 〜 09.12.06竹炭焼成 019.jpg

そうしたら、
どこからか
「ここは、何やってる
ところなの〜?」

という、
どこからか、
人の声が
聞こえてきた。

窯場に接している
農道をのぞいて見ると、
犬を抱いた60代ぐらいの
おばさんが、
興味津々にこちらを
除いている。

「いや〜、竹炭を
焼いてるんすよ〜わーい(嬉しい顔)

と、私が言うと

ちょっと、見さしてちょ〜わーい(嬉しい顔)
という感じで、こちらに
入ってきた。

そして、
何やら興味深く、
「へ〜、おもしろいね〜
というので、
窯から取り出した
竹炭を一つ手にとって、
「これ一つあげるよ〜、
花瓶にでも入れて、
部屋のどっかへかざりゃ〜」

と、言ったら

変換 〜 09.12.06竹炭焼成 021.jpg

おばちゃんが
「これ、三好ヶ丘の方に
持っていけば、
けっこう売れるよ〜。
こういう昔ながらの
モノに、みんな興味あると
思うよ〜」

というような感じで、
なんか初めてあった人とは
思えないほど、
話が弾んで、
なんと一時間以上も、
話し込んでしまった。

おばちゃんの話の中で
とても興味深かったのは、

「世の中便利になりすぎふらふら

と、語っていた。

そのおばちゃんは、
三好ヶ丘で家を建て、
どうもオール電化に
してしまったらしい。

そして
「私、オール電化にして、
後悔しているのよ〜。
ちょっと便利になりすぎだわ〜、
なんでもスイッチをオンに
するだけで、出来てしまう
ふらふら
と、言っていた。

今の世の中、世界中で
「便利さ」、「快適さ」
を求めて、
しのぎを削って、
世界的に競争している。

そして、それらを
いかに「効率」よく
「安く」やるかが、
至上課題だ。

そのような「便利さ」、
「快適さ」、そして
「効率」、「安さ」という
ような価値観だけで、
はたしてよいのだろうか?

と、最近ふと思う。

おばちゃんが言っていた左斜め下
便利になりすぎて、
なんだか味気ない
ふらふら
と。

そうなのかもしれない。

その年代の人らは、
みんな薪でご飯を炊き、
井戸で水くみをして、
車もあまり普及して
いない時代だったので、
基本的な交通手段は、
自転車か徒歩。

ごはんだって、
今のように
スーパーに行っても、
あふれんばかりの
お惣菜などなかったし、
コンビニなども
まだまだ後の時代だ。

この時代の人らは、
もっと自分の身のまわりの
事に、自分の手でやっていた。

そんな日常を、
しっかりと体験して
いた人たちだ。

竹炭を焼いていると、
ふとそんなことを
思う。

今、自分で焼いた竹炭で、
週に一回くらい、
庭に設置してある
炉(クド)で、サンマなど
の魚を焼いている。

変換 〜 我が家庭にて09.9 010.jpg

変換 〜 我が家庭にて09.9 023.jpg

もちろん、ガスコンロで
焼いた方のが
簡単で早いだろうし、
また、スーパーなどに
行けば、焼いたモノが
あったりする。

今は、身の回りの事に
自分で手をかけないでも、
それなりの生活ができる。

しかし、最近どうも
自分の身の回りの事を、
なるべく自分の手で
やってみたいように
思えてならない。

庭の炉(クド)で
サンマなんかを
焼いていたりすると、
けっこう楽しい。

変換 〜 我が家庭にて09.9 015.jpg

テレビやパソコンを
しているより、
楽しいと思えたりする。

周りを見渡せば、
便利なモノで
埋め尽くされている。

一度、そういうのから、
離れて生活して
みる体験を
した方のが
いいのかもしれない。

そうすると、
それらの便利なモノの
ありがたさが分かるであろうし、
客観的に、今の生活の
あり方が見れるのかもしれない。


PS
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おります。そちらの方も
見てちょ〜ねわーい(嬉しい顔)
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