2010年10月26日

砂後川堤防”水仙の小路”作戦!(5)

 十日ほど前の日曜日、
白鳥会場にあるCOP10の
生物多様性交流フェアに
行ってきた。

そこで、あるブースに
立ち寄ったところ
おもしろい人に
出会った。

その人は、伊奈鉱さん。

「設楽ダムの建設中止を求める会」で
活躍されている人だ。

そこのブースでは、
大きく愛知県地図が
展示してあり、
三河湾の汚れと
ダムの関連性ついて、
説明されていた。

その伊奈さんの話によると、
三河湾は年々ヘドロが蓄積して
おり、汚れてきているらしい。

原因は、川から流れいる
淡水の量が減ったことの
ようだ。

三河湾というのは、
どちらかというと
閉鎖的な湾とのこと。

変換 〜 09.9三河湾一周自転車旅行 130.jpg

外洋との海水の出入りが
少ない。

その上、
矢作川や豊川など、
三河湾に流れいる
川がダムを建設したため、
淡水の流れ入る量が
減ったらしい。

なぜ、淡水の量が
減ると、
湾が汚れるのかexclamation&question

淡水が入ると、
湾内の海水が外洋に
流れようとする働きが
ある。

そして、その逆に
外洋の海水が
三河湾に入ってくる。

つまり、
流れ入る淡水というのは、
湾の中の海水と
海洋の海水を
大循環させる
働きがあるらしい。

変換 〜 09.9三河湾一周自転車旅行 170.jpg

その根拠については、
くわしく聞かなかったが
たぶん、塩分の
溶け入る量の違いにより、
互いに混ざり合おうとする
力が働くのかもしれない。

海水は塩分が
溶けて含まれている。

淡水は含まれいていない。

この塩分濃度の違いを
緩和しようとする働きにより、

淡水は外洋に、

外洋の海水は
湾内にそれぞれ
移動しようとする働きが
あるのかもしれない。

そのあたり
聞き逃してしまい、
もう一度どこかで
お会いして
くわしくききたいな〜と
願っている。

その話の中で、
感じたことは、
 
淡水の流れ入る量が
減っているということだ。



ということは、
陸地からの鉄分や
栄養素の量も減り、
海の魚介類に
影>響を与えて
入るのではなかろうか

変換 〜 岩古谷山 005.jpg

豊富な魚介類の繁殖には、
森林などの
陸地から送り出される
栄養素や鉄などの
ミネラルが必要不可欠だ。

その為にも、
川上の植林というのは
大事だと思う。

それと、
三河湾内部の
海水の出入りが
少なくなった以上、
汚れが溜まりやすい。


豊川水域、
矢作川水域、
境川水域、
三河湾に流れる
川に沿って拡がる
広大な田んぼが
みられう。

変換 〜 くん炭田んぼ 016.jpg

そこから流れ出る
過剰な肥料成分も
馬鹿にならない量では
なかろうかexclamation&question

変換 〜 稲作 002.jpg

変換 〜 大窯 069.jpg

田んぼに炭を入れる、

もしくは水があまり
流れ落ちないように、
節約して水を使用すれば、
肥料の節約にもなるだろうし、
川も海もきれいになる。

伊奈さんは
こんなことも言っていた。

「日本の田んぼというのは、
両隣とわずかに
高低差をつけてある。

オバーフローした
田んぼの水を
隣の田んぼに
流れ落ちるようにすれば、
かなり水が節約できる
はずだ」

なるほどな〜。

いろいろなアイデアを
持っている人がおり、

このような人と協力しながら、
三河湾をきれいにすることが
できるのかもしれない。

いろいろ考えされられ
一日であり、
ものすごく楽しかった。


PS
月に一回、
「あざぶまちづくり研究会だより」
を、下記のアドレスにて投稿して
おります。そちらの方も
見てちょ〜ねわーい(嬉しい顔)
http://www.hm7.aitai.ne.jp/~azabu/gyouzisyasin1.htm



砂後川堤防”水仙の小路”作戦(4)

 秋祭りが終わり、
今年も砂後川堤防に
水仙を植える時期が来た。

先週の土曜日の一時半に
現場に行ってみると、

今年もたくさんの
球根が集まっていた。

地元の多くの人の寄付や
無償のボランティアに
により、
この堤防が水仙で
いっぱいになっていく。

すばらしいことだ。

それと今年は
市長夫妻も来てくれた。

市長自らが、
バールで穴を開け、
市長夫人が
その穴に
球根を植えていく。

変換 〜 IMG_8161.jpg

手際よい、
長年の夫婦の呼吸というか、
みんな感心していた。

それから、
どこかの人が
取材に来ていた。

私自身は
どこの人なのか、
よく分からないが
熱心にこの活動を
取材していた。

多くの人に
この活動が知れ渡り、
より多くの人が
参加して下さることを
願っている。

それでは、
私が書きたいことの
本題に入りたいと思う。

それはこの写真

変換 〜 IMG_8156.jpg

ふと砂後川を
覗いてみたら、
このように
茶色のような
赤のような色に
なっていた。

これは、
明らかに「鉄」の色だ。

鉄が、
沈殿して付着したのか、
もしくは
微生物の働きで
鉄を川底に
固定させて、
このような
色になるのかもしれない。

変換 〜 IMG_8158.jpg

川が行き着く先は
海である。

その海の水の中というのは、
慢性的に
鉄が不足している。

変換 〜 09.9三河湾一周自転車旅行 130.jpg

海水というのは、
弱アルカリ性。

そのような環境であると、
鉄というのは、
水に溶けている事ができず、
沈んでしまう。

その為、
海水中というのは、
ナトリウム、マグネシウムなどは
塩素などは、
豊富に溶け込んでいるが、
鉄というのは、
常に欠乏している。

鉄というのは、
生物の体内にとって、
必要不可欠な
元素である。

海の生物というのは、
陸地からの鉄の供給に
依存しているらしい。

陸地から流れ出る
鉄分をプランクトンが
吸収して増殖し、
その後、そのプランクトンを
食べる魚介類が
繁殖する。

では、陸地から
鉄分を運ぶ

「運び屋」は、

何かというと

植物起源の
有機酸らしい。

植物が枯れる。

そうすると、
空気中の酸素と
反応して、
有機酸となり、
川に流れ落ちる。

そして、その有機酸が
陸地や川に存在する
鉄を溶かし、
鉄イオンとなり、
くっついく。

その

有機酸+鉄イオン複合体

どんぶら〜こ、
どんぶら〜こ、
と川を下り
海に流れ出て、
プラントン吸収される。

「魚付林」という言葉が
最近、もてはやされている。

以前は、
魚を寄せ付けるために
海岸線に植物を
植え付ける
事をさしていたらしい。

それとは別に、
実は川上にあたる
森林を回復させると、
川下の海の魚貝類が
豊かになるらしい。

変換 〜 06猿投山 004.jpg

このことは、
いろんなところで
実例がある。

そのおおきな要因の
一つは、

この森林から発生する
有機酸が鉄の運びや
になるからだ。

この砂後川も
2〜3km先で
境川に合流する。

そして、海に流れる。

その境川や砂後川の
最上流は、
三好ヶ丘周辺だ。

う〜ん、
私が子供の頃に比べると
ずいぶん
そのあたりも
開発してしまった。

ミヤマクワガタが採れる
深い森があったが、
今は名古屋の
ベットタウンとなってしまった。

もしかしたら、
この砂後川底の
赤い色も、
それが原因なのか

それは分からないが、
川上で植物を植える事は
非常に大事なことだ。

そういう意味でも、
この砂後川水仙の小路作戦は、
なかなか意味が
あることではなかろうか

次回は
境川につながる
三河湾について
書きたいと思います。


PS
月に一回、
「あざぶまちづくり研究会だより」
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おります。そちらの方も
見てちょ〜ねわーい(嬉しい顔)
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2010年01月15日

砂後川堤防”水仙の小路”作戦!(3)

 今日は「植林」について
書きたい。

今回のように、
河川の上流に、
植物を植えるということは、
大変すばらしいことだ。

景観的にも、すばらしくなる。

2010010408590001.jpg

また、川の上流に植物を植えると、
その川下である海にて、
魚介類が豊かになる。

このようなやり方を
「漁付林」といって、
各地で良好な
調査結果が出ている。

景観を良くし、
川下の海の魚介類を豊かに
すること、

そして、もう一つ
日本では欠かせない事
がある。

それは「治水」である。

日本人は昔から、
「植林」ということが、
習慣として身に付いている。

私が小学校6年生の時、
こんなエピソードがある。

これも偶然なのだが、
この「「あざぶ街作り研究会」の
最長老で、通称「先生」と
呼ばれる I さんがおられる。

その I さんの娘さんの
Rちゃんは私と同級生。

しかも小学校6年生の時、
母校の三好北部小学校の
児童会会長、副会長の
コンビであった。

その当時のある日、
担任の先生に呼ばれて
我々ふたりに
「今度、三好町で
『子供議会』が行われる
事になりそうだ。

おまんら二人、北小代表として
なんかその子供議会で、
町に要望を言ってもらうかも
しれんで、なんか考えとけよ〜」

というような
おったしが発せられた。

「要望、要望、要望ね〜ふらふら
う〜ん、私の頭からは、
何も出てこない。

Rちゃんというのは、
頭も良く、正義感があり
とてもチャーミンブな
女の子であった。

男とは、悲しいモノで
好きな女の子の前では、
どうしても
エ〜カッコウしたい。

う〜ん、う〜ん、う〜んふらふら
頭から煙が出るくらい
考えたが、何も出てこない。

しょうがないので、
うちのおじいさんに
相談した。

「ね〜ね〜、おじいさん、
なんか町に要望したいことある?」


そして、おじいさんが
う〜ん、そうだな〜
境川の上流がだいぶ開発してしまった
ので、木を植えてもらいたいな〜」

と、いう答えであった。

木を植えるexclamation&question
何それ〜、というような感じで、
川の上流に木なんか植えて、
何になるのか、さっぱり
分からなかった。

今になって、
その大切さがよく分かるように
なってきた。

それは「治水」だ。

ある外国人がこんな事を
言っていた
「日本には川など一つもない。
あるのは流れの速い渓流ばかりだ


変換 〜 09.8奥飛騨 129.jpg

そうなのかもしれない。

ミシシピッピー川や揚子江に
比べて、川幅狭く、
流れもとても速い。

日本の70%が森林で
日本列島の中心には、
高い山脈が背骨のように
つらなっている。

変換 〜 岩古谷山 001.jpg

それだけ、
日本の国土というのは、
急斜面なのだ。

そして、降水量も
年間平均1700mmと多く、
そのほとんどは、
梅雨の時期に集中する。

これが日本の地形と
気候の大きな特徴。

特に梅雨の時期に
大量に発生する水を
どのように治めるか、

変換 〜 09.8奥飛騨 055.jpg

これは我々日本人にとって
大きな課題であった。

それには、森林を保つと
いうのがとても有効的な
手段であった。

それは大昔から、
日本人にとって、
必要不可欠な事であり、
習慣として、染みついている。

実は、日本では世界初の
環境保護法のようなモノが
あったらしい。

9世紀か、10世紀頃、
当時、京都周辺では、
建設ラッシュのため、
多くの木材を森林から
切り出した。

その為、土砂崩れの被害が
多く発生したらしい。

そして、当時の政府は
「木を切ったら必ず、
苗木を植える」という
決まりを定めたらしい。

川上の森を守るというのは、
古代の昔から我々日本人は
やってきたことだ。

それに、長いこと
稲作をメイン産業としてきた。

変換 〜 08.6田んぼ 005.jpg

稲作には大量の水がいる。

その為、森林による
山での貯水というモノも
とても重要な事である。

ただダムを造るだけが
治水や貯水ではない。

山を適度に管理する事により、
貯水と治水両方の効果がある。

そして、森林から多くの
恵みをいただける。

このような環境の中で、
我々日本人の
思想的なDNAも
育ってきたのかもしれない。



森林を大切にする

自然と共に生きる。

それが本来の日本人の姿
なのかもしれない。


PS
月に一回、
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